2025年11月4日
今日のメニューは
🌟ごはん
🌟魚のごまみそ焼き
🌟のり和え
🌟豆腐と麩のすまし汁
🌟牛乳🥛
魚はサバを使用しました🐟
味付けは赤みそと上白糖1:1に料理酒を合わせたものなので甘辛く、ごはんとともによくおかわりしてくれました😆
すまし汁の麩も、もちもちつるっとした食感が人気でした!
2025年10月31日
今日のメニューは
🌟おにぎり(ゆかり・わかめ)
🌟からあげ
🌟小松菜の昆布和え
🌟ミニゼリー
🌟牛乳🥛
プレートに盛り付けて食べてもらいました❤️
どれもよく食べてくれました!!
2025年10月31日
10月29日(水)のメニューは
🌟ハヤシライス
🌟春雨サラダ
🌟牛乳🥛
どちらもよく食べてくれました♪😊
10月30日(木)のメニューは
🌟カレーピラフ
🌟かぼちゃのサラダ
🌟トマトスープ
🌟ピピピチーズ
🌟牛乳🥛
カレーピラフはおかわりが止まりませんでした😊
トマトのスープもたくさん食べてくれました💕
2025年10月28日
今日のメニューは
🌟ごはん
🌟鶏肉のごまみそ焼き
🌟ひじきの和風サラダ
🌟キャベツのみそ汁
🌟牛乳🥛
鶏肉のごまみそ焼き、とても人気でおかわりが止まりませんでした!
ひじきの和風サラダもマヨドレとごまの風味でたくさん食べてくれました🎵
2025年10月27日
今日は群馬県のメニューで
🌟ソースカツ丼
🌟もやしのごま酢和え
🌟ざく煮
🌟牛乳🥛
群馬県ではもともと、秋のえびす講・正月えびす講(春えびす講)や節分などに行事にけんちん汁を食べる習慣があります。
このけんちん汁に似た郷土料理で、高崎市で伝承されているのが、「ざく煮」です。
けんちん汁と同様、お祝い事などの際に食べることが一般的ではあるが、特に特別な行事の際に、材料を細かく切って作ることが特徴となっています。また、けんちん汁の場合は、まず具材を多めの油でしっかりと炒めるのが特徴ですが、ざく煮の場合は油を使わないほか、けんちん汁と違い、するめをだしとして使用します。
少なくとも60年以上も前から作られているといわれています。
ソースカツ丼もざく煮も大人気でたくさん食べてくれました😋
2025年10月24日
今日のメニューは
🌟五目ご飯
🌟ちくわのマヨドレ焼き
🌟もやしのゆかり和え
🌟豆腐とわかめのすまし汁
🌟ピピピチーズ
🌟牛乳🥛
五目ご飯には鶏肉・にんじん・ごぼう・油揚げ・ひじきがたくさん入っています😊
おかわりをしてたくさん食べてくれました!!!
すまし汁もとても人気でしたおかわりが止まりませんでした!
今日のおやつは 昨日みんなが掘ってくれたさつまいもを焼き芋にしました🍠
甘くてホクホクで喜んで食べてくれました💕
2025年10月23日
今日のメニューは
🌟カレーライス(ポーク)
🌟フルーツヨーグルト
今日はみんなが大好きなメニューでした😊
おかわりしてくれる子がたくさんで、どちらも完食でした!!
2025年10月22日
今日のメニューは まごわやさしい でした!
🌟ごはん
🌟鮭のチャンチャン焼き
🌟金時豆の煮つけ
🌟わかめスープ
🌟牛乳🥛
金時豆の煮つけは、乾燥の金時豆を前日に水につけておき、今日じっくりと煮ました!
↑ 乾燥金時豆を水につけたところ 2倍ほどの大きさになります!
「鮭のチャンチャン焼き」は、秋から冬にかけてとれる旬の野菜を蒸し焼きにして味噌で味付けした料理です。
石狩地方の漁師町が発祥といわれています。
「チャンチャン焼き」の名前の由来は諸説あり、”ちゃっちゃっと作れるから”、”おとうちゃんがつくるから”、”焼くときに鉄板とヘラがチャンチャンという音を立てるから”、など、様々な由来が伝えられています。
石狩市では、昭和初期ごろに船上で漁師たちが釣った鮭をドラム缶から作った鉄板で焼いて食べたのが発祥と伝わっています。
たくさんおかわりして食べてくれました😋
2025年10月21日
10月20日(月)のメニューは
🌟ごはん
🌟鶏肉のすき焼き風煮物
🌟ワンタンスープ
🌟牛乳🥛
鶏肉のすき焼き風煮物には、鶏もも肉・焼き豆腐・しらたき・たまねぎ・白菜・えのきたけが入っていて具沢山です。
みりん・砂糖で甘めの味付けにしました。
ご飯にもよく合ってたくさん食べてくれました!
10月21日(火)のメニュー
🌟食パン
🌟キャベツのサラダ
🌟チリコンカーン
🌟牛乳🥛
チリコンカーンにはたくさんの大豆が入っています。子どもたちにも人気のメニューです。
大豆にも味が入っていてモリモリ食べてくれました!
今日は肌寒かったのであたたまりました😊
2025年10月17日
今日のメニューは
🌟豚飯
🌟沖縄そば風
🌟ミニゼリー
🌟牛乳🥛
11月17日は「沖縄そばの日」🌺
沖縄の郷土料理は、琉球王国時代(1429年~1879年)に中国から伝わってきたといわれていますが、現在のような小麦粉を原料とする麺料理が広まったのは、明治時代(1868年〜1912年)の終わりごろだといわれています。
大正時代(1912年~1926年)になると、庶民も気軽に麺料理を食べるようになりました。
このころは「ラーメン」のようなものだったようです。
中国系の支那そばを原料とする小麦粉で作られた麺を「沖縄そば」と呼んでいました。
「中華そば」や「南京そば」ともいいます。
その後、沖縄の人の味覚に合わせて改良が重ねられ、現在のような沖縄そばになりました。
保育園では干しひやむぎを代わりに使用しましたが、のど越しがよくあっという間に完食しました😋